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2:以下、名無しにかわりましてSS速報Rがお送りします:2016/09/13(火) 21:49:22.02 :wu5ujkoa0
みんな、応援ありがとう!
両手を振りながら別れを告げて、アタシ、アイドル南条光は歓声から背を向けた。
ヒーローって趣旨で音楽番組に参…
みんな、応援ありがとう!
両手を振りながら別れを告げて、アタシ、アイドル南条光は歓声から背を向けた。
ヒーローって趣旨で音楽番組に参加したのは、これで何回になるだろう。
小さな子に向けて勇気を歌うこのパフォーマンスは、回数を繰り返すことでテクニックが増して、今では観客を熱中させてあげられる十八番だ。
気になる親御さんからの覚えも良いし、実力が身に付いてきた実感もあるから、このまま勢いに乗りたいな。
そんなことを考えながらステージを降りて、走った先は舞台裏。
軽快に突っ走っていた途中、通りすがったスタッフさんたちが、機材の調整等で忙しそうだったにも関わらず、手を振ったり親指を突き出したりと反応してくれた。
お仕事が始まる前に一人一人に挨拶したので、名前を覚えてくれてるってことだろう。
その事実と、そして何よりライブを支えてくれたことへの感謝があふれて、にこりとしながらサムズアップ。
恩には恩、感謝には感謝と振る舞うことも、ヒーローへ至る階段の一つだ。
舞台の外だって勇ましく生きて元気を振りまくことだって、アタシに課せられた使命なのだ。
そんな誇りをくれた人は、視界の片隅で電話をしていた。
音楽番組はスポンサーさんの協力があって制作できる物なので、おおかたその人たちに電話をしてるんだろう。
そんな仕事の話が終わる隙をうかがって、胸元に向かってロケット・ジャンプ。
彼の肩は驚いたように跳ねてたけれど、それ以上は取り乱すこともなく、長い腕でぎゅっと抱き返してくれた。
プロデューサー、アタシの歌、今日はどうだった。
これをきっかけに、もっと沢山の人に勇気を届けられるようになったらいいね。
何時だって支えてくれる人の温もりに触れながら、収録の感想をまくし立てる。
反省が必要なほど早口だけど、ウンウンと相槌を打たれたものだから、口が止まらなくなってしまった。
ちびっ子の憧れを自称しといて平均身長を下回る中学生と、つま先立ちしても並び立てない大人の男。
二周り以上の身長差の中で交わされる会話は、周囲から親子のソレとして見られてるだろう。
事実、スタッフさんたちがアタシたちに向けてくる視線は優しげで、初孫を見るお爺ちゃんみたいだった。
とはいえ彼らも作業の途中なので、ちょっとしたら仕事に戻っていった。
ここで残ってる仕事はもうないし、ならば邪魔になるだけだろう。
そんなことを薄っすらと考えてたら、プロデューサーが身を屈めて耳打ちしてきた。
そろそろ退散しよう。
約束の、打ち上げにいこう。
今日のライブをする前から、いいや、それ以前から繰り返してきたことを耳にして、びくん、と背筋が強ばった。
なんてこと無い風を取り繕うとしたが、甲高く返事してしまえば狼狽も顕。
醜態を隠したくて頬を掻きながら、差し出されたプロデューサーの手に指を預ける。
太くてたくましい腕に先導されて、346プロ第二収録スタジオを後にした。
働く異性の指は骨張っていて、アタシの掌に残ったマイク跡をなぞられると、仕事上の繋がりを越えた物を感じさせてくれる。
しかしその末端からじっとりと伝わる微熱は、児童向け番組が訴える愛や勇気とは程遠い湿り気を帯びていた。
この手を握ってるその時は、アタシはヒーローと呼べない存在だろう。
怪しまれない程度の忍び足を心掛け、些細な物音にすら怯えてしまって、これでは後ろめたい犯罪者だ。
誰にも見つからずに連れてかれたのは、更衣室ではなく休憩室。
衣装もカラダも汗まみれだから着替えなければいけないが、ベッドがあるだけの部屋では不可能だ。
ヒーローとして……ましてアイドルとして彼の手を振り解くべきだとわかっているくせに、道中で抵抗の意志は萎んでいた。
ちょっと本気になれば逃げ出せる程度の力に腕を引かれると、抗う気が失せるんだ。
……そうやって弱気になってしまうから、何時もいいようにされてるのに。